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2016年12月 6日 (火)

ケン爺の手習い日記

今日の出来事

「三字名句墨場必携」の練習が終わった。

「実践快老生活」の中で紹介されている「修養」「人間学」を学ぶに良い古典を確認するため二回目を読んでいる。

篆刻

Dscn4344
「言忘慮絶」 印篆 白文 5.0×5.0 木印(栗) 試押印

木目は消えたがまだ凹凸が残っている。

まだまだ明日以降も努力は続ける。

つぶやき

四書五行一日一言(渡部昇一編)

12月6日(火) 貪らない

貪らざるを以って宝と為す(左伝・襄公十五年)

貪らないという気持ちこそが宝なのだ、という意味になる。7これは、献上された宝玉を孔子の弟子である子罕(しかん)が受け取らない理由として述べた言葉である。
もしも自分が玉を受け取れば、あなたはあなたの宝を失うし、私は私の宝を失うことになる、と子罕は言っている。

【私感】

贈り物を断る言い方としてはいい言葉である。
政治家は、この言葉を座右の銘とすべし。

2016年12月 5日 (月)

ケン爺の手習い日記

今日の出来事

かみさんが手帳を買うというので文房具店にお供しました。
残念ながらいつもの手帳がなく予約して帰って来ました。
老生ならアマゾンで買いますが・・・ 

篆刻

Dscn4342「言忘慮絶」 印篆 白文 5.0×5.0 木印(栗) 試押印

木目の処理をしないと写真のようになる。

木目がどこまで抑えられるか明日以降のお楽しみ。



 

つぶやき

森信三一日一言(修身教授録より)

12月5日(月) 風雪の鍛錬

私は老木を見ていますと、その枝の一つひとつが、いかに多くの風雪に耐えて来たかということを、しみじみと感ぜしめられるのであります。いやしくも老木と言われる以上は、ただ木が大きいというだけではなくて、そこに一種いいがたい気品ともいうべき趣がなくてはなりません。そしてその趣は、風雪によって鍛えられて、いわばその生なところがことごとく削りとられて、残すところがなくなったものであります。それ故植物でありながら、長年の風雪の鍛錬によって、そこには一種精神的ともいうべき気品が現れてくるのです。

【私感】

和風総本家の「外国人が日本とは」の番組を見ると、自然に対する見方がそれぞれの国で異なるようだ。
日本人の自然観は高度に精神的だと
思う。

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